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日曜日はペンテコステ礼拝を終えて(いつもとは違った出席者も多くて、まさにペンテコステ!)午後からてくてく歩いてごく近所のコミネスへ。
アウシュヴィッツ平和博物館開館15周年記念の新作能「鎮魂」を鑑賞しました。
さっぱり時間がなくて当日券のC席にしたら、最前列一番端!
視覚的には斜めに見えましたが、パフォーマンスの様子がよく見えてむしろ興味深かったです。

東日本大震災発生時に在日ポーランド大使だったヤドヴィガ・ロドヴィッチ氏が創られた新作能。彼女のおじさまは18歳で政治犯扱いをされてアウシュヴィッツで拷問を受けて、藁床で血を吐きながら生命を落とされています。おじさま役と震災で息子を津波で失い未だに遺体も発見されない哀しみの中にある父親との邂逅がメインテーマでした。日本に留学経験もあって日本語も堪能なヤドヴィガさんの作品は、大震災の翌年の歌会始めで詠まれた天皇と皇后ご夫妻のうたが象徴的に用いられています。国立能楽堂での日本初演は、天皇と皇后ご夫妻も観劇にいらしたそうです。

こんなにも哀しみや怨念を表現できるパフォーマンスは、「能」以外にはないのかもしれない。実は初能楽鑑賞だったのに、日本で生まれた日本国籍の者はどこか腹わたで理解しているような不思議な感覚が邦楽全般にはあります。別なたとえで言えば、ほとんど教会には行かない幼児洗礼のみのヨーロッパのクリスチャンが、おそらく感覚的にオルガン音楽や教会音楽をすとんと理解できるように。限りなくシンプルでありながら独特の東洋倍音の世界、まるでブルガリアンヴォイスのような声の持つ力をたっぷりと味わいました。

9歳から18歳まで、北海道の札幌から父の仕事で宮城県北へ転居しました。登米神社秋祭りの薪能はよく知られていましたが、今に至るまで鑑賞できていなくて悔やまれます。わざわざ行くには微妙に行きにくい不便な場所なのです。山形市と福島市の方々は仙台の大学に自宅から通えるのに、登米からの通学は県内でも無理というあたりが全てを物語っています。でも北海道も札幌も最も愛しているけれど、自分自身のアイデンティティは時に傷つき苦労しながらも宮城や青森や福島のローカルで育まれたのかもしれません。

会場には以前からずっとお慕いしていた「東北学」などで知られる赤坂憲男先生もご招待でいらしていて、思わずお声がけしてしまいました! 学生YMCAのパートタイムスタッフを長くしていた頃、先生のご著書に出会ってどれだけ励まされたことでしょう。音楽以外で「この先生の元で学びたい!」と思ったのは初めてでした。先生は山形の大学から学習院大へ移られましたが、福島県立博物館館長でもあり東北とはずっとつながっておられます。震災後の先生のご著書や対談などもずっと注目しています。

白河に転居したとき、期せずしてアウシュヴィッツ平和博物館も栃木の塩谷から白河に移転しました。当時の館長は青木進々さん。末期がんで残念ながら亡くなられて、その後は小渕さんが館長を引き継がれています。我が家にゲストがあると、特に学生には見学を薦めてお連れしています。古民家を利用した手造りの博物館、我が家はサポーターになったりやゲストをお連れすることでささやかなお手伝い。

「アウシュヴィッツ」が第2次世界大戦やヨーロッパのある突出した負の遺産やキーワードであるように、2011年以降は「福島」も同じ意味を持ってしまった。たまたま東日本大震災発生時に福島へ居住していて、今なお福島やローカルにこだわって生活している一人として、それらを融合させつつときにもがきつつも、これまでと同じように放射能でさえ「共に生きる生活」として、地に足をつけて暮らしていきたい。
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2月に福岡女学院での演奏を終えて以来、礼拝奏楽やこどもさんびかワークショップ伴奏以外はしばらくコンサートもなくて音楽的には充電モードでした。
昨年のGWは東京芸術劇場にて豊島区吹奏楽団コンサートの賛助演奏とミニコンサートがありましたが、今年は何とタイから大学生のゲストが来白! 1週間ほどケアハウスに滞在されました。「日本では桜が観たい」という強い希望がありましたが、会津へ向かう山中や大内宿で何とか桜の終わり頃にも遭遇できました。
Facebook友だちでもあるスリヤンくんは、No nukes goodsでわんこ優友のデザインをしてくれたり英語ぺらぺらの優秀な学生で、日本語も勉強しています。彼とときどきLINEで会話するのもわたしにはよい英語の勉強になっています。さっぱり話せなくてヨーロッパを旅していた30代初期よりもだいぶ片言英語もマシになってきました。

語学センスはあまりないのですが、4月からは何とハングルも習い始めました! 白河の公民館で同好会を見つけ、弘前学院でも今期から初めて韓国語講座が始まり勢いで始めてしまいました。どちらもあまりお金がかからず、大学は学生に混じって聴講しています。ヨーロッパへ度々行くのは現在の自分の収入では難しいのですが、韓国ならば関西以西へ行くのと変わらない料金で行けますし尊敬する親しいオルガニストやヴァイオリニストの友人もできました。最初はハングルの母音と子音の組み合わせに戸惑っていましたが、1ヶ月が経って少しずつ慣れてきました。乏しい語学スイッチですが、このまま楽しみつつ継続させたいです。

さて、6-7月のコンサートご案内です。嬉しいコンサートや共演が続きます。
6/24(日)は郡山細沼教会をお借りして自主企画コンサート、えりまき共演と福島の音楽家で友人の塩井先生と有賀先生です。声楽やアンサンブルの美しさをお届けできましたら幸いです。
7/3(火)は、えりまきin茨城。絵里さんの受洗牧師であるという生亀先生からのご依頼で、ポジティフ持参で伺います。温泉宿で昼食付きの有料コンサートでとても楽しみです。昨年はオルガニスト松居直美さんがGarnierオルガンと共に演奏なさったそうです。

7/14(土)は福島市音楽堂にてソロコンサート! 東北教区礼拝と音楽研修会受講生でもあるルーテルのSさんからの依頼で、福島県民としてはとても嬉しい企画。Sさんからのご希望でお子さんも集いやすいように後半は映画音楽でプログラムを組んでいます。ふだんは教会やキリスト教主義学校でのコンサートが多いので、コンサートホールでの演奏会をたっぷり楽しみたいです。ご来場心からお待ちしています♪

今後の予定は、7/30-31に東北教区礼拝と音楽研修会、主題講師はフェリス女子大学学長の秋岡陽先生、8月は東京にてキリスト教音楽講習会講師、9月には第3回目となる軽井沢ぐーたらすたーじゅ、10月には群馬の中高で音楽礼拝演奏とお話し、11月には青森にてえりまき公演などです。
また詳細が決まり次第ご案内させていただきますね。時間ができたら、ほかのブログの続きも更新したいです。
花粉症もようやく収まり、ガーデニングも少しずつ再開してさわやかな5月を過ごしています。감사함니다


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2018年4月7日は、おそらく人生で最も多く満開の桜を眺めた日である。国内でも有名な青森の弘前公園の桜をのぞけば、午前中は福島の白河から山形の米沢を超えて午後はいわきの浜通りへと移動しながらこんなにも美しい桜を1日で観たことはかつてなかった。

関西からの参加者が多かった福島の主に浜通りを巡る被災地スタディツアー。学生YMCAスタッフ鈴木さんからの誘いで、まだ訪ねたことのない原発近くの地域や強制避難地域も訪れるということで日曜日の礼拝と奏楽も休ませていただいて参加を決意した。福島県は日本で3番目に広い県である。東京電力福島原発までは白河からは直線にすると75キロほどだが(!)、車で行けば優に3時間強はかかる。わざわざではないと行かれないし、スタディツアーではひとりでは行きにくいところも行かれるだろう。もしかしたら、福島以外の方の方が何度かボランティアやスタディツアーなどで原発に近い地域を訪ねていらっしゃるかもしれない。

いわき方面は教会の会合でたまに行くこともあり、震災後にチャリティコンサートを企画してポジティフオルガンも運んだ! しかしそれ以北の国道6号線や東北道も放射能汚染により封鎖されていて、2014年9月の全線開通後もわたしは行く機会がなかった。

山形の仕事を終えて、わずかに遅れて皆さんと合流。集合場所は広野町のコンビニだった。いわきを通過して北上するのは、さすがに緊張する。空間線量を示す表示も道路沿いに目につくようになる。おそらく、コミック「いちえふ」でも描かれていたコンビニだろうか。廃炉作業に当たられる方々が多く利用したコンビニ。一時は日本1か2番目の売り上げを誇る。現在の広野町はもう少し開いている店舗も増えている。

いわきの老舗温泉古滝屋の当主である里見さんと初顔合わせ。本日のツアーガイドをしていただく。ご自身でNPOも立ち上げられてそのお働きの一環でもある。メディアを通して何度も耳と目にしてきたJ-village、かつては東京電力の施設であったが後に地元に譲られて、現在は廃炉作業の重要な拠点の1つにもなっている。

富岡町の真新しい駅でマイクロバスを降りた。電車は昨年10月にようやく一部動き始めたけれど、まだ未開通の部分があり路線図も一部途切れている。線路の前はすぐに海で、海抜はとても低い。東北地方や北関東の沿岸で拝見したような巨大地震と大津波後の寂寥とした風景が広がる。

午後から雨の1日でガラスが曇ってマイクロバスからは見えにくい部分もありつつ、里見さんのガイドであちこちをまわる。富岡町の素晴らしい図書館。大地震後は、しばらく図書館が避難所にもなっていたそうである。今はあまり住民もいなく特にこどもの姿はほとんど見られないので、図書館が充実しているほどに寂しい光景だった。震災と宗教書籍コーナーでは、日本キリスト教団出版局の本や尊敬する川端純四郎先生の本も置かれていて、こわばっていたであろう顔の表情も和らぐ。

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大地震後は電力が止まり、大津波の警報が出せなかったゆえに警察官2名がパトカーで町内に避難勧告をしてまわったそうである。南三陸の職員の方が「津波が来ますから逃げてください!」と繰り返しアナウンスしてご自分は尊い命を落としてしまわれたように、警察官お二人も亡くなられておひとりはのちに海上で発見されて、おひとりは未だに行方不明だということである・・・絶句。1日も早くご遺体や一部でも発見されるように心から祈ります。

白河教会のすぐ近くに双葉町の仮設住宅があり、2年ほどであったろうか毎月有志で紙芝居ボランティアに伺った。引退牧師S先生のご好意と、双葉町から避難中のSさんとのつながり故である。仮設住宅でも何度か見かけた浜通りの美しい写真の中には、夜ノ森の美しい桜並木も飾られていた。メディアでも取り上げられて、ご存知の方も多いだろう。
人生で最も多くの美しい桜を各地で車窓から見かけた日の最後に観た桜は、これまでに観たことのない哀しい桜並木だった。雨だったので快晴のような美しさではなかったけれど、むしろ小雨とどんよりした空と人かげ多くない桜並木は哀しげにマッチしていた。
この日の桜を決して忘れない。福島県や東日本の大事故と大震災も簡単に忘れ去ろうとしているかもしれないこの国の大多数の人々、しかしそれでも数人の集いやグループにとても励まされるのもまた真実。

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ある方から、「どうして『牧師夫人』ということばに抵抗を感じるのですか?」とメッセージをいただきました。ちょうど教会ではお葬儀が入り、「後ほど改めてお返事しますね」と返信しましたが、時間も取られずに数日そのままになっていました。

ニュースでは政治家のセクシュアルハラスメント等々が問題になっていますが、せっかくなので「牧師夫人」ということばをわたし自身が使わない理由をまとめてみたいと思います。

昔々、ヨーロッパやアメリカの教会の牧師は男性が主流で、多くはパートナーがいて2人で力を合わせてまたは家族一丸となって伝道や教会の働きに勤めたことでしょう。日本にもそのスタイルはそのまま持ち込まれています。

でも今は牧師も男性のみではないですし(教派によってはまだ女性を認めないところもありますが)、必ずしも結婚をするとは限らない。子どものいないカップルもいますし、セクシャリティも異性愛のヘテロセクシュアルのみではない。

かつて牧師のパートナーのことは、尊敬を込めて「牧師夫人」と呼ばれていたのでしょう。今でもそういう方々が多いのだと思います。
でもわたし自身は「牧師夫人」と呼ばれても全く嬉しくないのです。それは職業でも肩書きでもないからです。特に教会以外の場で「牧師夫人ですよね?」と言われると、「オルガニストなのに、夫の職業しか見ていないのだろうか」と思って愕然とするのです。

父が牧師でしたので、学生の頃は「牧師の娘のくせに/なのに」と言われたこともありました。保守的なキリスト教界では、牧師家族への固定したイメージや偏見が残念ながらまだまだ残っています。そしてそれ故に追い詰められて苦しんだり、もっと深刻な場合にはメンタルの病気を患った友人や知人も何人か知っています。ですからわたしはもうこの言葉は使わないし使えない。

なるべく牧師のパートナーとしてのアイデンティティは持たないようにしていますが、それでも教会の近接地で生活をしていると全く無縁ではいられないし、さりげなくしなければならない働きも牧師のサポートもたくさんあります。

現在の所属教会では、泊まりの多いわたしの仕事や生活を理解していただいていますし、小さな教会ですが皆さんでさりげなくさまざまなことを担っていただいてとてもありがたいです。「牧師の連れ合いが仕事をするなんて!」という教会もあったりしますから。

牧師のパートナーや家族はひとりの信徒や教会に連なる仲間です。もしかしたら洗礼を受けていない方や、他教派や他宗教の方もおられるかもしれません。
どうか教会がさまざまな生き方をしているひとりひとりをゆっくりとでも受け入れていけますように。東北のローカルより祈っています。
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パワーハラスメントやセクシュアルハラスメント関連の連日の報道にうんざりしたり悲しかったり怒りを覚えたり。
それらは残念ながら、主に無自覚でヘテロセクシュアル(異性愛)な男性(そしてそれを知らずに支えているわたしを含めて女性)に起因すると思われます。

富坂キリスト教センターと沖縄宣教研究所の共催で、2年に1度沖縄研修を開催しています。
とても大切な会合ですが、それすらも気をつけないとキリスト教界のヒエラルキーやヘテロセクシュアル主流になりやすい。
でもこのところの一連の政治家のひどいニュースを聞くにつけ、個人の違和感やもやもやした思いをごまかしてはいけないのだと思いを新たにしました。

富坂キリスト教センター有志で沖縄に連帯してお茶の水スタンディング(ゴスペルを歌う会)を行なっています。
わたしは福島在住で年に1-2度しかご一緒できませんが、毎月集ってくださる皆さんに敬意を表して祈りのことばをお送りしました。こちらにもアップしますね。
次回のスタンディングは、5月15日(火)18時から45分間です。月に一度の頻度で行なっています。
いつも集っておられる皆さま、本当にありがとうございます!

< 祈り >
造り主なる神さま、シリアへの米英仏軍の攻撃ニュースを聞いて哀しみと怒りを覚えます。
沖縄をはじめ、いつも戦火や暴力に晒されて苦しめられるのは小さくされた人々や市民たちです。
ひとりひとりの人権と尊厳が守られる社会へとわたしたちの力で変革していくことができますように。

東日本大震災から7年を経て、東京電力福島原発の近距離まで被災地のスタディツアーに参加しました。
強制避難や帰宅困難な地域はいまだに放射線量が高く、満開の桜も悲しげに見えました。

沖縄、福島など大事故が起きても見えにくくされているわたしたちの国の矛盾をおゆるしください。
ごく一握りの人々のみが富んでいくことがありませんように。
日本や世界の政治が暴力や軍事力を伴わずに正義へと導かれますように。 アーメン。

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アムステルダム西教会と新教会を後にして、次はいよいよ旧教会へ。スウェーリンクがオルガニストをしたことでよく知られており、オルガニストなら一度は訪れたい教会。しかしドラッグも飾り窓(いわゆる売買春)も合法な国オランダ、周囲は性産業のお店なども多い地区。昼間に注意して複数で訪れる方がベター。

入り口で入場料を払って(クレジットカードのみ対応だったかも)中へ入って、えっ!? オルガンのケースのみでパイプがごっそりない!! まるで宗教改革直後にステンドグラスやオルガンが権威の象徴であるからと壊されてしまったそのまま、時代が止まっているようだった。よくよく話を聞けば、聖堂自体も修復中でオルガンもオーバーホールかレストアのために別な場所へお引越しだとか。あぁ、よかった!! 第2次世界大戦の頃は、ヨーロッパ内で貴重なオルガンは「疎開」をして戦火を免れたものもあったと聞いたことがある。オルガンは、こちらもハールレムのバヴォ教会と同じくミュラー(によるレストア?)だった。
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スウェーリンク(1562-1621)がオルガニストに就任した翌1578年、オランダは宗教改革によりカトリックから改革派(プロテスタント)に転向した。改革派は詩篇歌のみを重んじて礼拝の中では楽器も用いない。オルガン即興演奏の名手であったスウェーリンク、そして市民もオルガン音楽を愛していたので、礼拝の間は楽器を使用せず、前後にオルガンコンサートを開催して演奏を楽しんだと言う。オルガンコンサートのルーツがここに見られる。
北ドイツから後のドイツオルガン音楽の基礎を築いていく有能な作曲家でオルガニストたちは、こぞって教えを請うてスウェーリンクに弟子入りしたこともよく知られている。改革派らしく詩篇歌のオルガンアレンジや変奏曲も残されていて、現在に至るまで日本の教会でも奏楽曲に用いられている。手鍵盤で弾ける作品も多い。
レンブラントの若くして亡くなった妻も眠る教会は、修復中ながらゆっくり見学できた。 クワイヤ席(または内陣)の木彫りの椅子の彫刻がユニークで、動画を撮ってしまったほど。ブリューゲル親子のカリカチュアのようでもあった。
「礼拝と音楽」誌では、2012年にスウェーリンクと北ドイツオルガン楽派の特集を組んでいる。

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午前中にレンブラントの生家を見学し、午後はオルガンコンサートに行く予定にしていた。何名かでアムステルダム新教会と西教会で待ち合わせたけれど、時間を勘違いして到着した時は既にコンサートは始まっていて、中には入れてもらえなかった。トランペットとクワイヤオルガンの共演で、扉にへばりついてしばし聴き入った。数名で行動すると安心だけれど、ときどき他人任せになってしまい再確認が少し抜けたりしてしまう。何度も確認が大切だ、反省。オルガニストは日本にも度々来日している著名なヨス・ファン・デル・コーイ氏、オランダ滞在最終日にハールレムのバヴォ教会コンサートにもいらしていた。

コンサート後にアムステルダム西教会内部を見学したが、宗教改革後の装飾でステンドグラスもなくその点はシンプルだった(※ステンドグラスのある画像は、新教会)。オルガンはオランダ独特なのだろうか、まるで仏壇のような(!)美しいふたが付いていて、ベルギーでも多数鑑賞したフランドルの祭壇画のような美しい絵画が両面に描かれている。
教会内部をゆっくり散策していて気がついたが、この教会はオランダに長く滞在されたオルガニスト塚谷水無子さんがレコーディングされた教会だった! 東京と静岡でコンサートをお聴きしたが、オルガン界ののだめちゃん?のような不思議な雰囲気のある方である。CDも多数出されている。

アムステルダム西教会は、アンネ・フランクの隠れ家から至近距離で小さく儚げなアンネ・フランク像が教会の横に佇んでいた。アンネも聴いていた西教会の鐘の音に平和への祈りを込めてしばし沈黙して耳を傾ける。
お昼を教会横のカフェで済ませて(甘くないクレープが美味しかった!)、次はいよいよスウェーリンクゆかりの旧教会へ。


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アムステルダム第1夜を過ごし、目が覚めたらLINEの着信が入っていた。HG大学の宗教主任からで、11月のコンサート依頼と相談だった。6月にお会いした韓国人ヴァイオリニストとの共演、主にピアノ伴奏、とても楽しみである。9月にはソウル神学大学にて親善オルガンソロ演奏会もさせていただき、オランダ編終了後はそちらをUP予定。

ヨーロッパではオルガンと教会巡り、美術館巡りが主な楽しみである。ブルージュでもいくつか鑑賞したが、オランダではレンブラントの生家へ。ほかは時間やスケジュールの制約もあって、最後にひとりでユダヤ博物館を鑑賞した。
蚤の市?を横目で眺めつつ、レンブラント(1606-1669)の生家へ到着。音楽史では、バロック初期の時代と重なる。2001年初渡欧の際には、ロンドンの大英博物館でエッチングの展示を鑑賞した。

ベッドが身体の割に小さいのだが、17世紀のヨーロッパ人は身体を真っ直ぐに伸ばして休むことはなく、背中を壁につけて座るようにして眠りについた。身体を真っ直ぐにすると悪い霊がやってくるという迷信だったらしい。ドイツの同様な記述はこちらへ。
ヨーロッパの水事情はよく知られているように日本よりもずっと悪く、当時は特に水は貴重だった。水の代わりにビールやアルコールを薄めて飲んだと展示に記載されていた。

こちらでは宗教画のエッチングが素晴らしかった。小さな作品でも細やかな筆遣いが伝わってくる。キリスト者であれば一見してすぐにわかるような聖書物語が描かれ、いつまで観ていても飽きなかった。
オランダの美術館や博物館鑑賞は、事前にウェブでチケット購入が便利である。後に並んだけれど入館できなかったアンネ・フランクの隠れ家ではスタッフがそう教えてくれた。たとえばこちらのサイトでも、チケット購入ページへリンクしている。



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ハールレムの聖バヴォ教会オルガンの威容と美しさに感銘を受けつつ、ぐーたらオルガニスト横浜組と別れてYさんとアムステルダムへ戻った。大きなスーツケースはそれぞれにブリュッセルに預けて来たために移動もとても楽だった。
ハールレム〜アムステルダムは在来線で20分ほどだったろうか。券売機でトラムのチケットを買うのに少々戸惑いつつ、地元の方に教えていただき購入。1day ticketにした。アムステルダムのホテルはとにかく高額で閉口したけれど、何とかコンセルトヘボウ近くのリーズナブルな宿を見つけて予約していた。オランダなのにイタリアの作曲家「Verdi」という名前のホテル(笑)。階段のみでエレベーターはなし、トイレとシャワーは共有だったけれどそれでも充分だった。オーナーが日本人ご家族で日本語対応もしてくださって嬉しい。

それにしても、日本はどんな格安ホテルでも冷蔵庫がありお湯も沸かせるしウォシュレットトイレも多くて、何て快適なのだろうか。ヨーロッパはウォシュレットはほぼないし、冷蔵庫も湯沸かしケトルもないことが通常だった。バスタブもなくて、シャワーのみも多い。昨年夏のことで記憶が一部薄れているけれど(笑)、晩御飯は近くのスーパーで買い物をしてホテルの部屋で済ませたかもしれない。
オランダ最後の夜はコンセルトヘボウでコンサート鑑賞にしていたので、夜に遅くなっても帰路が安心な至近距離のホテルにした。

翌日はアムステルダムの街並みを味わいつつ、まずはレンブラントの生家を見学した。

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初めてのオランダはハールレムのバヴォ教会に始まり、しめくくりもバヴォ教会だった。オルガンアカデミーでも知られる有名な教会、オルガニストの友人たちも複数が訪ねておられる。教会のお店では、わたしが持っていたオルガンCDも何枚かバヴォ教会の録音だったと気づいた。

行きは旅のパートナーとブリュッセルから在来線で。言われるままに乗り換えてちょっと手違いもあったけれど、次の電車も間もなく来て助かる。Yさんは慎重な方で、オランダはドラッグも合法だし夜になるとあまり出歩かない方がよい地域もあると教えてくださった。女性の一人旅や数人旅は、そのぐらい気をつけてちょうどよいのだろう。

帰りはアムステルダムから一人でハールレムへ行き、そのままブリュッセルの桃代さん宅までひとりで戻った。ハールレムはアムステルダムよりものどかで、夜に歩いても危険は少なそうである。ただホテルがあまりないのかもしれない。

Go euroというサイトがとても便利で、電車のチケットを買うのにはお薦め。カード決済もできてPDFでチケット発券。iPhoneさまさま、全く便利な時代である。

バヴォ教会ではぐーたらオルガニスト横浜組と合流、夜にはオルガンコンサートもあって幸運にもしばらくリハーサルを聴けた♪ オルガンはミュラーのもので、モーツァルトも演奏したという実に古いもの。コンサート後にコンソール(演奏台)も見学できたそうで、その画像はNさんより拝借。
横浜組はそのままコンサートとお泊り、わたしとYさんはアムステルダムへ戻ってチェックイン。コンセルトヘボウ近くで何とかお手頃料金のホテルをネットで予約済み。


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